萌え専オタク主婦☆オチビ9歳(小4)と、コチビ6歳(小2)の息子達&愛する夫との賑やかで楽しい日々☆


by tsunami273
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東日本大震災





今年の3月11日は忘れられない日となりました。

まさか、あんなに大きな地震が自分の身に降りかかってくるとは…。
家族も親戚も無事でしたが、自然災害の恐ろしさを脳裏に刻み込まれた一日でした。

そして、東北の津波被害の報道にはとにかく胸詰まる日々。
更に、原発報道にも、目に見えぬ放射能の不安、そんな中で復旧に従事する人たち
突然非難を余儀なくされた方々、とにかくTVや新聞を見ては心落ち着かない毎日でした。



あの日、私はオチビが帰ってくる1時間前くらいから、うとうとと昼寝中。
その時、カタカタと身体を揺すられる感覚に、ぼんやりと目を覚まし
「あ~地震だ~」と、特に危機感なく、揺れに身を任せていましたが
どんどん激しくなる揺れに、初めて身体を起こし、辺りを見回しました。

ガタガタと家鳴りし、飾り棚から小物がボトボト落ちてくる、
食器が激しく打ち合っている音、テレビが勢いよく左右に震えてる、
2階からガシャーン!!とガラスの砕け散る音と、何かが倒れた大きな音
時々起こる小さな地震とはまるで違う!!

そこで恐ろしくなって、ようやく私はテーブルの下にもぐりこみました。
すると、すぐにケータイが鳴って、夫クンの「大丈夫か!?」の声にホッとし
そのまま会話しながら、地震がおさまるのを待っていました。

揺れが少しおさまった時、私はそこで初めて子供達の事を思いました。
時間にして1~2分の揺れだったと思いますが、その短い時間
あまりの驚きと恐怖に、私は本当に子供達の事を忘れてしまっていました。
この事は、自分でもちょっと衝撃でショックでした…。

 コチビはちょうど課外サッカー教室で、広い園庭にいるはず。
 体育の先生が付いてくれているから、きっと問題ない。

 オチビは…学校にいるか、下校途中だ。大丈夫かしら…。

外に様子を見に行こうとしたら、「ただいま~!」と元気良くオチビが帰ってきた。
学校からウチまでの、ちょうど中間地点辺りで地震にあったらしい。
「木がめっちゃ揺れて、風かと思った~」と、本人は怖がる様子もなく
逆にハイテンション気味。

無事でよかったと話をしていたら、ぐらりぐらりとまた大きな余震が。
「また来た!」と、慌ててオチビとテーブル下に潜り込みました。
2度目の揺れもかなり大きく、オチビの肩を抱いて、じっとおさまるのを待ちました。

おさまった後、二人で2階の様子を見に行くと、洋服掛けが二つとも倒れ、
掛けてあったガラスの時計が落ちて、粉々に砕け散っていました。
結婚した時に、会社の部署の人達がお祝いに買ってくれた時計でしたが
もう使えない状態に…。

危ないので、二人で片付けていたらケータイが鳴りました。
コチビのサッカーの先生からで、非常時となりサッカー教室は続けられないので
お迎えに来てくださいとの事。
すぐにオチビと一緒に迎えに出かけました。

家を出ると、ちょうど中学年から高学年の子達が集団下校をしているのに出くわしました。
園に着くと、子供たちは園庭の真ん中で、防災頭巾を被って座っていました。
先生たち全員が、子供達を囲って守っていてくれました。
「非難訓練」ではなく、本当の「非難」をしている姿を見て、もう一度この事態の
大きさを感じて怖くなりました。

園門を開けた私の姿を確認した先生が、コチビを連れてきてくれました。
ウチから幼稚園は自転車だと5分くらいと近いので、私が一番乗りでお迎えだったらしく
「早かったですね!すぐにいらしてくれて良かったです。連絡つかない方もいて…」と
心配そうに言っていました。

友達に連絡をしたけれど、ケータイは繋がらず、取り敢えず何も買い物を
していなかったので、その足でスーパーに行きました。

スーパーに着くと、いつもたくさん自転車が置いてあるのに1~2台くらいしかなく
中に入っても、夕方前だというのにビックリするくらい人が居ませんでした。

1階の食品棚は、片付けたのかあまり散乱した後はみられませんでしたが
2階はガラスが割れたらしく立ち入り禁止に。

そこで、仲良しの友達にバッタリ!
「大丈夫だった~!?」と、思わずお互いに手を握り合ってしまいました。
暫く立ち話をした後、また余震が来ても…と早々に買い物を済ませて家に帰り
そこで初めてTVを点けて、東京に震度5の地震が起きた事を知り、そして
ただの、いつもよりちょっと大きな地震…だと思っていた私は
東北の大地震、各局の大報道、そして…大津波が襲うライブ映像に愕然としました。
原発のまさかの大事故に、日本中が震撼しました。

何度も続く大き目の余震、夫クンは帰宅難民となり会社に泊まり、ようやく通じたケータイで
実家と夫実家の無事を確認し、布団の足元にコートと非難具を置いて不安な夜を過ごしました。

とにかく、次々入る大惨事の報道に心を痛めるばかりでした。
新聞を読んでいると涙が止まらなくなりました。

そして、計画停電が始まり、人は買いだめに走り、突然都内は供給が回らなくなりました。

新聞に書いてあった、『奪い合えば無くなり、譲り合えば余る』と。

この時代、そう簡単にモノは無くならない。必要以上に漁るから消えるのだ。
自分さえ良ければいい、という気持ちは捨て、もう一度東北に目を向けて欲しい
買いだめが出来るあなたよりも、もっともっとそれを必要としている人がいると。

今回の震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
被災者の方々に、非難者の方々に、一刻も早くの安心を。
原子力発電所で復旧作業をされている方たちに、そのご家族に、安全を。



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by tsunami_opf | 2011-03-21 16:23 | ・日々あれこれ